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昭和三十年代生まれの喪失感 2011/04/23

Posted by Master in Music Book.
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まぁやっぱりこの話題を。

『あなたに夢中』、『そよ風のくちづけ』、『危ない土曜日』、『なみだの季節』。
デビュー曲から4枚目のシングルまではスーがメインボーカルを務めていました。
しかし約2年間不遇をかこい、5枚目の『年下の男の子』でメインをランに譲り、漸くブレイクを果たしたキャンディーズ。
でも、和音を生かしたコーラスグループとしての魅力に溢れているのは、実はブレイク前のこの時期だったりします(以降はユニゾン主体になっていきます)。

伸びやかなメゾソプラノを聞かせるスーに寄り添う、ランのソプラノとミキのアルト。
他聞に漏れず彼女たちの歌を聴き返していて、再再そのハーモニーと三人三様の声の魅力を感じました。

田中好子さん…いや、スーちゃん、ご冥福を祈ります。

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コメント»

1. 暗ヲ - 2011/04/23

キャンディーズは最初は、「8時だヨ全員集合」で知ったんだったか?、しばらくして歌手として意識するようになりました。
長い闘病生活で苦しんでらしたこと、知らなかったので、突然の訃報にびっくりしました。
若すぎる・・・というより、そんなに年齢かわんないのに・・・という思いがします。

Master - 2011/04/24

>暗ヲさん
はいはい、体操コーナーの「はい、ポーズ!」とかね。
中学生の頃、部屋にはキャンディーズとビートルズのポスターを並べて貼っていました。

昔は遠い存在だった気がしてても、自分が年齢を重ねると「けっこう歳が近かったんだな」って思うこと、ありますね。
「歳の差感覚」というものは、歳と共に圧縮されていくもののような気がします。

2. ひま♪ - 2011/04/23

私も暗ヲさん同様、8時だよ全員集合にいた印象が強いかな。。。
当時の番組の中ではどちらかと言うと低俗番組でしたが、毎週見てました。

20年前からとは‥‥とても気丈なんだと思いました。
友人にも打ち明けてなかったって凄いなと。

人間は話すことで苦しみから解放されていくんだけど
彼女は20年も自分の試練だと受け止めて頑張ってきたんでしょうね。

話さないことが立派かどうかは解らないけど
色々なボランティアもしていたみたいだし、とても素敵な生き方で終われたと思います。

弟さんも若くして亡くなったみたいで、親御さんはさぞ残念だと思います。

Master - 2011/04/24

>ひまちゃん
ドリフは当時の子供にとっては「必修科目」だからね~。
クラスに必ずいたでしょ、「ちょっとだけよ~」とか「ジスイズアペン!」とか、真似する奴(笑)。

どんなに密度の濃い生き方をしたとしても、早逝してしまっては…と思う。
弟さんもか…。
「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢まぼろしの如くなり」と謡われた時代もあったけど(古いなぁ。^^;)、やっぱり遺された人たちのやりきれなさは想像に難くないものね。

取り戻すことができないからこそ、なにげなく過ごす一日だって大事にしなくちゃ。


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