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35th Anniversary 2016/04/20

Posted by Master in Music Book.
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佐野元春は最近のインタビューで「僕は古くからのファンのノスタルジーのために音楽を作るようなことはしない」と言い切っている。
メロディやリリックの端々に「あの佐野元春」を感じることはあっても、それはただの懐古ではなく、そこには必ずフレッシュな「今」が切り取られている。
だから今回の35周年ライブも、確かにキャリアを振り返る祝祭ムードのロックンロール・パーティーかもしれないけれど、あくまでも今現在の通過点でしかないという意識なのではあるまいか。
軽快な『シュガータイム』で幕を開けて客席を一気にハッピーな雰囲気にしておいて、次の曲に「あれから何もかも変わってしまった」と現実を突きつける『優しい闇』を持って来たところに佐野元春のただ者ではない懐を感じた。
しかしそこはエンターテイナーとしての彼のこと、以降3時間を超えるセットリストではこれまでの軌跡を俯瞰するかのような曲の数々が、客席を飽きさせることなくパーティー気分もおおいに結構!とばかりに披露されたのだった。
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『ジュジュ』『バルセロナの夜』『誰かが君のドアを叩いている』『ジャスミンガール』あたりはこれもやってくれるのか!という驚きがあったし、近年の作品の中では特にお気に入りの『ポーラスタア』や『世界は慈悲を待っている』が聴けたのは嬉しかった。
もちろん1980年代からのヒット曲も盛り沢山で、アルバム・オリエンテッドな新譜お披露目ライブにはない、初めてのお客さんを置いてきぼりにしないヒット・パレードの様相も欠くことはなかった。
まぁとにかくサービス精神旺盛な、これでもか!という内容に十二分に満足したことは間違いない。

振り返ると自分にとってのこの夜のハイライトは、28曲目に歌われた『ロックンロール・ナイト』だった。
「たどり着きたい」とシャウトする時、彼の心の中には「まだだ、目的地はここじゃない」という思いが沸き上がっているのかもしれない。
そしてその後の「ウォォォー!!」という咆哮は自らを鼓舞し、未来に向かってサヴァイヴしていく決意の叫びに聞こえた。
そりゃあ加齢による喉の衰えは否めないし、一発勝負のコンサートでは出来不出来もあるだろう。
そんなことは百も承知の彼は、それでもシャウトをやめない。
たどり着きたいと言うよりも、たどり着かねばならないから。
ポール・マッカートニーが70歳を越えてもオリジナル・キーで”Helter Skelter”を歌い続けるように、佐野元春はスポットライトに身を晒して、渾身の絶叫を絞り出す。
ロックンロールに魅入られた者が背負う、「業」のようなものに鳥肌が立った。

ダブル・アンコールのオーラス、ロックンロールへの愛を炸裂させた『悲しきレイディオ』、ギターを抱えてのパワー・スライディングを決めてみせた彼のカッコいいこと!
自分の席は1階のほぼ真ん中だったので、最も見たかったそのシーンもはっきりと目に焼き付けることができた。

佐野は言う。
「35(周年)とか60(年齢)なんて、ただの数字じゃないか」と。
クールに見えても楽しむことに躊躇しないエンターテイナー性、ありのままをさらけ出すシャウト、無邪気なまでのパフォーマンス、ステージにはデビューした当時と何ら変わることのない佐野元春がいた。気心の知れた、抜群の演奏力とグルーヴを持つバンドと共に。
「ただの数字じゃないか」という言葉は、そんな彼がちょっと照れたよう笑顔で話すとき、強がりや気取りのない説得力を帯びていた。
この誠実さこそが佐野元春の魅力であり、多くのファンを惹き付けてやまない要素なのだろう。
もちろん、この自分もそのうちの一人なのだ。
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